- 東京都立墨東病院は、病床数765床を有し、三次救急、周産期医療、精神科救急医療の東京都区東部医療圏(墨田区・江東区・江戸川区)におけるセンター的機能および、感染症医療、がん医療などの重点医療課題にも対応する地域中核病院である。
- 4月中旬に発生した院内感染のため、診療体制の縮小を余儀なくされ、診療再開まで約5週間を要した。
- 院内感染発症後、院内感染の感染経路と伝播の状況を把握するため753名にPCR検査を行い、入院患者と職員、合わせて43名の感染が判明した。感染者の集積は、2つの病棟、看護補助者、ある診療科の医師に限られた。陽性者の隔離と陽性者の集積を認めた部署の職員を自宅待機とした。
- 厚生労働省クラスター対策班の分析により、COVID-19専用病棟から感染が拡大した可能性は低いと判断された。看護補助者が利用する共同スペースを介して、2つの病棟に感染が伝播したと考えられた。医師間の伝播はカンファレンスなどが要因とされ、いずれも3密が問題であった。
- 感染対策のポリシーを整備し周知すること、職員への教育(①標準予防策の徹底、②3密(密閉、密集、密接)回避、③健康管理の徹底)、市中からの流入対策を整えた。全職員に啓発し、対策を実行・継続している。
- 2025年を見据えた医療制度改革が進む中、急性期医療体制の変化は患者と接触する職種・職員数の増加と院内の職員密度の上昇を招き、COVID-19感染拡大リスクを増大させる。今後も、院内でのスペース確保など3密対策を考えることが急務と思われる。
はじめに
東京都立墨東病院は、病床数765床を有し、三次救急、周産期医療、精神科救急医療の東京都区東部医療圏(墨田区・江東区・江戸川区)におけるセンター的機能および感染症医療、がん医療などの重点医療課題にも対応する地域中核病院である。特に感染症医療においては感染症指定医療機関に指定され、一類・二類患者受入れ訓練やマニュアルの作成、また感染管理にも注力していた。このような背景から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対応では、早期から積極的に患者の診療を行ってきた。
しかし4月中旬に発生した院内感染のため、診療体制を縮小せざるを得ない事態となった。ここでは院内感染の概要と診療再開のために取り組んだ対策について紹介したい。
院内感染の探知
当院では2月初旬からチャーター機、クルーズ船や市中発症患者の対応を行ってきた。3月末からは、国内流行の拡大と近隣医療機関クラスター発生により、急激に入院患者数が増加した。それに伴い重症度の高い患者も増加し、集中治療に対応する医師の増員、看護師の配置変更・増員といったCOVID-19診療チームの拡充と、対応病棟の感染対策整備を並行しながら患者の治療を継続していた。
4月中旬、A病棟入院歴のある患者2名およびA病棟で勤務していた委託職員1名が相次いでCOVID-19と診断された。
3名の事例が判明した時点で、A病棟の患者受入制限を開始し、墨田区保健所と共に対応を開始した。その数日後、B病棟職員数名が体調不良を訴えPCR検査を実施したところ、2名の陽性者が判明した。
2つの病棟で複数の感染患者と職員が発生していることから、院内で感染伝播が生じている可能性が高いと判断して、厚生労働省クラスター対策班の派遣を要請し、4月20日から支援が開始された。
同日から診療体制を縮小し、24日からは精神科救急医療と新型コロナウイルス感染症患者(疑い含む)の受入を除き、救命救急センターを含め、新規入院患者、新規外来患者の受入を中止した。またER、周産期医療、小児救急患者の受入制限を行った。
院内感染への対応
厚生労働省クラスター対策班、墨田区保健所と当院クラスター対策班で行なった感染対策は以下の通りである。
1.感染者の把握と適切な隔離
3名の事例を探知した時点では、濃厚接触者のPCR検査と健康観察を行なっていた。その時点ではCOVID-19患者の発症日を起点として、濃厚接触者を拾い上げた。
院内感染が発生している可能性が高いと判断してからは、感染者の発生した病棟の入院患者および関係する職員全てにPCR検査を行った。陽性者の隔離、治療を行うと共に、陽性者の集積を認めた部署の職員を14日間の自宅待機とした。
PCR検査は、当初、検査会社に依頼するしかなく、院内感染対応にかかる検査数が制限されたが、国立感染症研究所に依頼が可能となってからは1日100件以上の検査が実施できるようになった。
入院患者の検体採取は感染症科医師が行い、職員は他診療科医師と看護師、事務部門の協力を得て753名に行った。結果、入院患者13名、職員と委託職員合わせて30名が陽性となり、合計43名が陽性であった【図表1】。4月28日を最後に感染者は出ず、院内感染は収束したと考えられた。
図表1 |
院内感染対応で実施した職員PCR検査の結果 |
2.厚生労働省クラスター対策班による分析結果
記述疫学とウイルスゲノム解析の結果、院内への流入経路とA病棟内で感染が拡大した要因ははっきりしなかった。
A病棟とB病棟感染者から同じウイルス株が検出されており、院内伝播が起こっていたことがわかった。両病棟を行き来する職員は存在せず、感染者の集積が見られた看護補助者の休憩室が共用であった。このことから、A病棟の陽性者から看護補助者間の共用スペースでの伝播を介して、B病棟へ感染が拡大したと推測された【図表2】。
B病棟では、看護師・患者の感染者集積と同一診療科医師の感染者集積が見られた。看護師・患者間の伝播は同一看護チーム内での接触、飛沫感染によるもの、医師間の伝播はカンファレンスなど3密の状態に基づく伝播によるものが考えられた。
【図表2】のオレンジ枠内の感染者(外来の職員やコメディカル職員、医師)はA病棟、B病棟の感染者と何らかの接点があったが、C病棟とD病棟の陽性者は流入経路、伝播経路ともに不明であった。
厚生労働省クラスター対策班による病院環境ラウンドの結果、A〜D病棟それぞれでPPE着脱場所やゾーニングが異なり混乱を招く恐れがあること、環境清掃の徹底、環境の汚染を招かないような業務スタイル、器材の整理が必要であることなどを助言された。
図表2 |
COVID-19感染者の相関図 |
3.診療再開に向けての対策とその継続
1)感染予防対策の見直しと職員教育
今回の院内感染がCOVID-19患者に対応する専用病棟「以外」で発生したこと、厚生労働省クラスター対策班の解析結果と助言から、再び院内感染を起こさないためには、感染予防対策の見直しと、職種を問わず全ての職員への感染予防対策の啓発が最重要であると考えた。
- 院内クラスター対策班で見直したこと
- PPE着用基準の整理
- 病棟や診療部門におけるゾーニングの考え方を統一
- 職員に体調不良が出現した際の就業制限や受診の目安を見直し
- 職員家族にCOVID-19確定者や疑い者が発生した場合の対応を整備
- 病室や診療室などの消毒に紫外線照射装置を導入し、運用を整備
- 職員の休憩や食事用に広い講堂スペースを開放
- 職員食堂のテーブルに仕切りを設置、食事中の会話が高リスクであることを啓発
これらの準備を整えたうえで、職員自身が感染することのないよう、また感染源にならないよう、①防護具の正しい着脱を含む標準予防策を徹底すること、②食事、休憩、カンファレンスなどの場面で3密(密閉、密集、密接)を回避すること、③健康確認を実施し体調不良の場合は積極的に休むこと、を各部署、全職種に徹底した。感染した職員と感染が疑われ自宅待機となった職員に対しては、職場復帰前に研修を行ない、またそれ以外の職員と当院に出入りする業者に対する研修を行なった。
2)市中からの流入対策
COVID-19患者専用病棟から院内感染を起こさないことはもとより、救急外来や救命センター搬送患者の中に、COVID-19患者が紛れ込むかもしれないことには警戒していた。
発熱や呼吸器症状、呼吸不全のある救急患者に対応する診察室や防護具の取り決めはあったが、一般外来患者のトリアージは未整備であった。このため病院出入口を一方通行とし、入館する患者、付き添い者に来院目的と発熱や症状の有無を確認する第1トリアージを設けた。ここを通過するすべての入館者にマスクの着用と手指消毒をお願いしている。第1トリアージで症状を認めた場合、第2トリアージで看護師が問診を行い、問診票に該当する項目と患者の病状によって、感染症外来、救急外来、一般外来に振り分けるようにした。たとえ発熱等の症状がなく一般外来に振り分けられたとしてもCOVID-19が否定できないことを周知し、診療にあたっては標準予防策を徹底するよう呼びかけている。
専用以外の病棟にCOVID-19患者が紛れ込むリスクを下げるため、入院が必要な患者あるいは入院中の患者にCOVID-19の疑いがある場合の対応を整備した。症状からCOVID-19の可能性は低いものの経過を観察する必要がある患者を一時的に収容する病棟(プール病棟)を設置し、診断と一定期間の隔離を行う仕組みである。また予定入院の患者には入院前の体調チェックをお願いし、患者間での感染リスクを下げるため、手洗い、咳エチケット、3密回避を呼びかけるパンフレットを配布している。
このような院内感染の対応と診療再開に向けての対策を並行して行い、5月18日から救命救急センターを再開した。その後、25日にまでにER、周産期医療、小児救急、入院・外来診療、手術の通常診療を順次再開した。院内感染の概要は【図表3】に示すとおりである。
図表3 |
COVID-19院内感染の概要 |
おわりに
新型コロナウイルス感染者の早期発見が出来なかったため、施設内にウイルスが忍び込み、気付いた時には院内感染が広がっていたという苦い経験をした。
COVID-19の院内感染は、想定していない患者もしくは職員が院内にウイルスを持ち込み、そこに感染対策のほころびが加わって起こることを早い段階から恐れ、細心の注意で臨んでいた。何らかの症状が出現した職員の感染管理部門への報告、就業制限や医療機関受診のフローといった対策は取っていた。しかし院内感染の対応中にCOVID-19感染者が発病前から感染性を持つことが明らかとなり、前述の濃厚接触者の定義が4月20日に更新された(COVID-19感染者と接触した日のはじまりが、「発病した日」から「発病した日の2日前」に変更された)。当院へのウイルス流入経路は不明であるが、院内感染を探知するきっかけとなった3事例は、4月初旬の同時期に発症していることから、3中旬〜下旬ごろに共通暴露があったと推測される。この時期に3密回避などの院内感染対策が万全ではなかったことが、院内感染の要因となったのではと反省せざるをえない。また感染対策はマニュアルに頼りすぎず、原則を知って場面場面で必要な対策を考えて対応すること、職種を問わず全員で取り組むことが、極めて重要であることを再認識した。現在、院内感染を契機に見直した感染対策の啓発、現場が考えて実行できているかどうかの確認とフィードバックを継続している。
2025年を見据えた医療制度改革が着々と進む状況下、急性期病院では、1人の患者の診療に、医師、看護師だけでなく、薬剤師、栄養士、看護補助者などの多職種が関わり、平均在院日数が次第に短くなり、新入院患者数が増加している。この急性期医療体制の変化は、患者と接触する職員数増加の問題はもちろんのこと、院内の職員密度の問題も生じ、COVID-19感染拡大リスクを増大させている。今後も、院内でのスペース確保など3密対策を考えることが急務と思われる。
末尾となるが、当院でCOVID-19に感染された方々に深くお詫び申し上げる。院内感染対応にご尽力いただいた墨田区保健所、厚生労働省クラスター対策班、院内の職員に深く感謝申しあげたい。また、1月からの当院のCOVID-19対応に応援をいただいた数多くの方々に、深く感謝申し上げたい。それらの方々の思いに報いるためにも、第2波、withコロナ、postコロナ対応を見据えた感染対策を考え実行し、真に感染症に強い墨東病院に進化を遂げたい。